ドラフト会議、歴史に残る名場面たち
NPBのドラフト会議は、抽選一つで球団の未来が変わる緊張感が魅力です。ここでは、実際に起きた指名競合・抽選・移籍騒動の中から、今も語り継がれる8つのエピソードをまとめました。
① 落合博満:中退・社会人経由の苦労人がプロ野球史に残る打者に
1978年のドラフトで注目したいのは、江川事件だけではありません。同じ年、東洋大学を中退し、社会人野球の東芝府中でプレーしていた落合博満が、ロッテオリオンズから3位で指名されています。華々しい経歴の選手が多いドラフト史の中で、大学中退という異色の経歴を経てのプロ入りでした。
入団後の活躍は説明するまでもなく、三冠王を3度獲得するなど球史に残る打者へと成長しました。1位指名でなくても、そこから球史に名を残す選手になれる。ドラフトの奥深さを象徴する一人です。
② 江川事件「空白の一日」
ドラフト史上、最も有名な騒動と言えるのが1978年の「空白の一日」です。法政大学のエース・江川卓は、ドラフト前日の11月21日、当時の規約の隙間を突いて読売ジャイアンツと電撃契約しました。ところが翌日のドラフト会議では、南海・阪神・ロッテ・近鉄の4球団が江川を指名し、抽選の結果、交渉権を獲得したのは阪神。江川側はこの交渉権を認めず、阪神との交渉を拒否し続けました。
事態が動いたのは翌79年1月31日。巨人と阪神の間で「江川卓↔小林繁」という交換トレードが発表され、江川はついに巨人に入団します。あまりに衝撃的な決着に世間は騒然となりました。この事件をきっかけに、その後の指名ルールや契約期限の見直しが進み、抜け穴を塞ぐ制度整備につながったと言われています。
③ イチロー:外れ4位から生まれた安打製造機
1991年のドラフトで、オリックス・ブルーウェーブが4位指名したのが鈴木一朗、のちのイチローです。1位指名の目玉選手ではなく、4位という順位での指名でした。
その後の活躍は言うまでもありません。NPBでは首位打者を7年連続で獲得し、渡米後もメジャーリーグで数々の安打記録を打ち立てました。「1位でなければ活躍できない」わけではないことを証明した、ドラフトの面白さを象徴する存在です。
④ 松坂大輔:3球団競合を制した「平成の怪物」
1998年、横浜高校のエースとして甲子園を沸かせた松坂大輔には、日本ハム・横浜・西武の3球団が1位指名で名乗りを上げました。抽選の結果、交渉権を引き当てたのは西武。高校時代から「平成の怪物」と呼ばれた逸材を巡る、まさに競合の末の獲得でした。
西武入団後もエースとして活躍し、のちにメジャーリーグへ移籍。1人の逸材をめぐって複数球団が競い合う、ドラフト会議の緊張感が凝縮された一例です。
⑤ 田中将大と斎藤佑樹:甲子園の名勝負、プロ入りは別々の年に
2006年夏の甲子園決勝、早稲田実業・斎藤佑樹と駒大苫小牧・田中将大による投げ合いは、引き分け再試合にまでもつれ込む激闘となり、今も語り継がれる名勝負です。ところが、この2人がプロ入りしたのは同じ年ではありません。田中将大はその年のうちに2006年ドラフトの対象となり、日本ハム・オリックス・横浜・楽天の4球団が競合、抽選で楽天が交渉権を獲得しました。
一方の斎藤佑樹は早稲田大学へ進学したため、ドラフトの対象になったのは4年後の2010年。ヤクルト・日本ハム・ロッテ・ソフトバンクの4球団が競合し、抽選で日本ハムが交渉権を獲得しました。甲子園で並び立った2人が、それぞれ別の年に別の球団へ進んだというのも、ドラフトならではの巡り合わせと言えるかもしれません。
⑥ 大谷翔平:メジャー志望を覆した単独指名
2012年、花巻東高校の大谷翔平は高校卒業後のメジャーリーグ挑戦を表明していました。多くの球団が指名を回避する中、日本ハムだけが単独で1位指名を敢行します。競合も抽選もない、いわば賭けに近い決断でした。
指名後、日本ハムの栗山英樹監督(当時)は投手と野手を兼任する「二刀流」構想を大谷本人にプレゼンし、口説き落としたことで知られています。結果的に大谷は日本ハムへの入団を決断し、その後の二刀流としての活躍は説明するまでもありません。単独指名という一見地味な決断が、球史を動かす転機になった例です。
⑦ 清宮幸太郎:史上最多タイ7球団競合
2017年、早稲田実業の清宮幸太郎には、日本ハム・巨人・阪神・ソフトバンク・ロッテ・ヤクルト・楽天という実に7球団が1位指名で名乗りを上げました。これは1995年の福留孝介と並ぶ、高校生選手としては史上最多タイの競合です。
抽選の結果、交渉権を獲得したのは日本ハム。7分の1という確率を勝ち抜いた瞬間は大きな話題となりました。1人の逸材にこれだけの球団が集中する光景は、ドラフト会議という制度そのものの面白さを改めて印象づけました。
⑧ 佐々木朗希:4球団競合を制したロッテ
2019年、大船渡高校の佐々木朗希には、日本ハム・ロッテ・楽天・西武の4球団が1位指名で競合しました。高校時代から最速163キロを記録するなど注目度は非常に高く、抽選の結果、交渉権を引き当てたのはロッテでした。
入団後は完全試合を達成するなど、指名当時の期待に応える活躍を見せています。直近の年度でも、これだけの競合と抽選が起きているのが、NPBドラフト会議の今なお続く醍醐味です。